『ジャンヌ・ダルク』をモーっと楽しもう

おかえりなさいませ(*- -)ペコリ
『ジャンヌ・ダルク』の徹底解析
完全ネタバレとなっております
鑑賞前のお客様はご遠慮下さいませ
目次
ジャンヌ・ダルク

1999年:アメリカ、フランス、日本公開
監督:リュック・ベッソン
出演・ミラ・ジョボヴィッチ 他
フランスにおいて国民的ヒロインでもあり聖人でもあり、世界的にも有名な歴史的人物のジャンヌ・ダルク。これまでに数々のドラマや映画だけではなく小説、漫画、アニメ、GAMEなどにも登場するほどの大人気キャラクター。そんな超有名人物なだけに百年戦争で何をやったのか…ランス戴冠のエピソードであったり…異端審問だったりは火刑だったりは有名な話でありふれているので…他の方が書かれた記事にまかせるとしてココでは徹頭徹尾たった一つのテーマについて語っていきたいと思います。

ジャンヌが捕縛されて以降に登場する謎の男(ダスティン・ホフマン)。彼は一体…何だったんだろうか?彼を読み解く事こそが本作を100%楽しむ事ができ理解できるのではないでしょうか。

1つのテーマだけで語り尽くすという初めての試み…彼は神の使いなのか?悪魔なのか?それとも…
神からの赦し

謎の男とのやりとりを説明する前にキリスト教における『赦し』について語っておきたいのだが、この部分を詳しく説明する宗教チックな記事となってしまうので簡単にサラッと説明しておきたいと思います。非常に簡単で…キリスト教に於いて2種類の『赦し』が存在します。人間は完璧な生き物ではありません…よって間違いを起こす事もありますが神に申告すれば、その罪は神の名の下に赦される…というものと、間違いを起こした人間を赦してあげましょう…という2種類。ここで注目したいのが『神の名の下に赦される』方の『赦し』で神に申告となっているが…神の使いである司祭に申告する形が一般的でその行為は告解と呼ばれている。

告解で自らが犯した罪を申告すれば神の名の下に司祭が赦しを与えてくれるのだが…果たして本当に神からの赦しが貰えているのだろうか…は微妙である。まずは告解のシステムを知らない事には謎の男(ダスティン・ホフマン)との考察が難しいので説明させてもらいました。

異様なまでにジャンヌは告解にこだわっていました。彼女は自分でも罪を犯している事が分かっていたのかもしれません
謎の男=主

前半パートで貼られていく伏線を後半パートで突如現れた黒フードの謎の男が全て回収していくという展開。突然すぎて思考が追いつくのに苦労したのだが…果たして彼は神の使いなのか?それとも悪魔なのか…この黒フードの男が何者だったのかはストーリの中で語られる事はない…ただ彼の眼はジッとジャンヌを見つめているがジャンヌは目を合わそうとしない…彼の眼が全てを見抜いていてジャンヌは彼を恐れているからなのか…とにかく謎多き人物だが私は彼は『主』だと結論付けている。
『主』とは?

『主』=イエス・キリスト
黒フードの謎の男はキリスト教の唯一神であるイエス・キリスト。悪魔どころか神の使いでもなく神そのものという事になる。つまりジャンヌは司祭でもなく神の使いでもなくイエス・キリスト本人に告解を聞いてもらう事ができていたという事になる。私の見解だと…

黒フードの男はジャンヌ本人でさえ気付いていない内面をズバズバと指摘していく事でジャンヌはドンドンと追い込まれていくが遂にジャンヌは謎の男こそが『主』であることに気付いてしまった時に『私を自由の身にして…』と懇願。この一連の流れこそが黒フードの謎の男が『主』であるという私なりの見解となります。それではジャンヌと主による やりとり を改めて考察していきたいと思います。

こんな事ができるのは神しかいませんよね…という事はジャンヌは本当に神の使いという事になります
神の洗礼

信じられん…ロマンティックだな、はびこる草と死のイメージ…実に豊かな想像力だ…だがまだ創造力が足りん、死はもっと単純だ

…数か月すると とても興味深い光景に……そして1年経つ頃になってロマンティックに…

あなたは…誰なの?
黒フードの男が初めて登場したのはジャンヌがコンピエーニュ包囲戦でブルゴーニュ公国軍に捕らえられた牢獄の中での事…謎の男はいきなりジャンヌに現実を叩きつける…『お前は自分が囚われた事に対し神格化して複雑にしているけど…現実は単純そのもの…神の使いが囚われたのではなく…ただお前が捕まっただけ』と…

私の前から消えて…悪魔め!

何様のつもりだ…おまえは善悪の区別ができるのか?…おまえは神なのか?

私は使者…神には私が必要なのよ

天と地 全ての生命の創造主である神がお前などを必要とすると思うか?

・・・・・・・・・・

お告げは自分で伝えるだろう?
この一連のやり取りで神の使いでもあるメッセンジャーだと信じていたジャンヌをただの人間だったという所にまで引きずり落している。お前は自分を特別な人間だと勘違いしているがお前など必要としていない…と厳しい言葉にも聞こえるが、ジャンヌが犯してきた罪を洗い流すためには自分が何者なのかを理解する必要があるためで…まずは告解に受けるための洗礼といった所なんでしょう。
徴

異端審問が続けられる中で再び『主』はジャンヌの前に現れる事になる。ここでもジャンヌは謎の男が『主』であることに気づいておらず。自らが呼んでおきながら追い返そうとしていました。

私はいつも神に忠実で御言葉に従い頼まれた事も実行したわ…

神が…お前に頼みごと?神が言ったのか⁉『お前が必要だ!ジャンヌ』と…

そうではないけど…徴をお召しになったわ…風よ…鳴り響く雲…ダンス…そして草原に横たわる剣!

剣?そのような剣には何にも意味はない…落としてしまった剣なのかもしれないし…戦闘で吹き飛んでしまった剣かもしれない…逃げる時に投げ捨てた剣かもしれないし…棄てられた剣なのかもしれない…ただお前は一つの可能性としてコレを選んだだけだ…


お前は事実を見たわけではない…見たかった事を見ただけだ。

信じてきた事が崩れ去る瞬間…人は怒りではなく脱力感が襲い掛かってくるのかもしれません…自分が今まで突き進んでいた事が何だったのか?無意味だったのか?という表情。言葉で書き表すよりも全て映像で物語っているというミラ・ジョボヴィッチの演技力の凄まじさに驚愕
告白

冷静に考えたらエゲつない残酷シーンを見せられている。19歳の少女が悪い大人たちに担ぎ上げられ利用価値を失うと異端審問にかけられ火刑に追い込まれていく…そして唯一すがっていた信仰も訳が分からなくなっていて自分の言葉…行動が何から発せられたものか…どういう意味での行動だったのか…とてもじゃないが19歳の少女に抱えきれない出来事が次々と降りかかっている。

なぜ?神は多くの戦を止めなかったの?全能の神なら止められたはずよ!

流血を招いたのは神か?

いいえ…止められたはずよ!それとも神は…楽しんでたの?我々が神の名の下で殺しあうのを…

神の名の下??


『私を愛する者はついて来て!』どこに神の名がある?ジャンヌ自分に正直になれ…お前はお前の名の下で戦ったんだ。

違う!私は自分の身を守っただけよ!それとも死ねばよかったの?

いや…お前はよくやっているよ…つまりお前は死んで当然の連中を殺しただけなんだ

違う…殺し合いは平和をもたらさない!


なぜ?すぐ気が変わる?いつからお前は剣を持つ楽しみを知ったのだ?

謎の男とのやりとりで、この男こそが『主』であることに気付いたジャンヌ。彼女が見たかった見たものとは?それは幼き時に目の前で英国人により殺された姉の復讐こそがジャンヌが見たかったものの正体…そしてシャルル7世の戴冠やオルレアン奪還は過程に過ぎなかった事。彼女は個人的な憎しみにより多くの命を犠牲にしてきた事に気付かされてしまいます。
偽りの赦し

ジャンヌには『主』という存在が見える中で『主』が見えない異端審問会に改悛を求めらている。異端審問会が言う所の改悛を認めるという事は神の存在を否定する事になり…認めない場合は火刑に処せられてしまう。ジャンヌは告解を聞いて貰えるという条件の元で改悛にサインをしたのだが…


ビックリしてるやないかい!19歳の少女一人にに背負わせる問題じゃないって!あまりにも残酷すぎて…呆然となってしまったシーン。ここまで追い込むか神よ!しかし何故?ここまで追い込むのかはジャンヌを神自らの手で罪を赦す告解を行うためではないでしょうか。そのためにはジャンヌ自身が罪を告白しなければいけない。本来は魂こそ救わなければいけないのにコーション司祭は肉体だけを救おうと書類にサインさせてしまいますが…
告解

私は罪を犯しました。多くの罪を…あまりに多くの徴を見ました。見たいと望んだ徴を…私は戦いました。復讐の気持ちと絶望から…私は信じていました人が戦う時は全てを捨てて戦う事が許されるのだと…大義の為に。私は高慢でそして頑固でした。利己的で無慈悲でした。
1999年公開 映画:ジャンヌ・ダルク


異端審問からは殉教者として火刑は免れたが魔女裁判で火刑に処されてしまう事に…なんという胸糞映画
総括

フランスの英雄とも呼ばれるも悲劇のヒロインでもあるジャンヌ・ダルク。私が本作で注目に挙げたのが『彼女は神の使いだったのか…否か…』本作では否定的にも捉えられるのですが謎の男こそが『主』ならば紛れもなくジャンヌは『神の使い』である…そして私がジャンヌが『神の使い』であろうという根拠がコチラ

ストーリー内でも問題になった剣ではあるが…この草むらにどうやって剣が…というのは大した問題ではなく、この場所でジャンヌが剣を手に入れたという事実こそが重要。別に舞い降りてくる必要は一切なく盗人が捨てた剣であってもよい訳です。十字架のようなジャンヌの横に十字架の様な剣が転がっている構図こそ彼女が神により徴を与えられたという事と思える。ただ、この後のジャンヌの神からの啓示はイングランド軍に復讐するために自ら講じた啓示であり…彼女が見たいものを見る事になります
全体を通してメンヘラなジャンヌ・ダルク。常に挙動不審で謎の男に追い詰められる演技は抜群に病みっている演技であった。主演のミラ・ジョボヴィッチはこの数年後に代表作となるバイオハザードが公開される。個人的にはコッチの方がミラ・ジョボヴィッチの代表作として欲しいのだが、いかんせん興行的にはイマイチみたいですね。どうしてもグロテスクな描写があるため地上波の放送が難しい作品なのだが是非とも観て欲しい名作の中の一つです。是非ご鑑賞下さい。
今回も長文失礼いたしました
それでは…
またのお越しをお待ちしております
