『アラジン』をモーっと楽しもう
おかえりなさいませ(*- -)ペコリ
『アラジン』の
徹底解析 完全ネタバレとなっております
鑑賞前のお客様はご遠慮下さいませ
本記事は『アラジン』の感想レビューとなっておりネタバレが含まれております。本編未鑑賞の方は予備知識編『100倍楽しもう』の記事をご確認の上で再度お越しください。
目次
アラジン
2019年:アメリカ、日本公開 監督:ガイ・リッチー 脚本:ジョン・オーガスト 原作:『アラジンと魔法のランプ』 製作:ダン・リン、ジョナサン・アイリヒ 製作総指揮:マーク・ブラット、ケヴィン・デラノイ 出演:ウィル・スミス、メナ・マスード、ナオミ・スコット、マーワン・ケンザリ 他 音楽:アラン・メンケン 主題歌『A WHOLE NEW WORLD』 撮影:アラン・スチュワート 編集:ジェームス・ハーバード 製作会社;ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーションピクチャーズ 配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーションピクチャーズ
近年ディズニーアニメが次々と実写化される中でディズニー黄金期を築いた3作品『美女と野獣』『アラジン』『ライオンキング』までもが既に実写映画化されている。
ディズニールネサンスとも呼ばれる90年代はディズニーの歴史の中でも変革期ともいえる時代であり…特にディズニープリンセスと呼ばれるヒロイン像の在り方が時代と共に移り変わっていきました。初期のプリンセス『白雪姫』『シンデレラ』『オーロラ姫(眠れる森の美女)』のお姫様たちの特徴は自ら行動を起こす事をしない受動的なプリンセス。
降りかかる運命にあらがう事なく、目の前で起こる出来事に対しただ受け入れるだけで王子様と結婚することで幸せを手に入れる…といった現代の子供にはあまり見せたくないプリンセス像であった…しかし時が進み90年代の頃になると自我を持ったプリンセスが登場してくる
陸の世界に憧れを抱く『リトルマーメイド』の『アリエル』や自らの意思で野獣の館に幽閉された『美女と野獣』の『ベル』そして本作『アラジン』の『ジャスミン』は王女と言う立場でありながら自由を求める…といったようにリアルで女性が進出してきた時代に合わせ、この時期のプリンセス像も1人の意思を持つ人間として描かれるようになってきます。
そして2019年版『アラジン』における進化したディズニープリンセス像は…自由どころか遂には国王の座を狙うといったような強い意志を兼ね備え社会に進出していく現代風の女性にアップデートされている…時代と共に進化していくディズニープリンセス像が見れるのも本作の魅力となっています…といった様にココでは『アラジン』を既に鑑賞しているという前提で記事を作成しております。ネタバレ注意となっておりますのでご了承ください。
アニメ版で脇役だったジャスミンは2019年版では完全に主役。この物語の主役は『ジャスミン』ですから!
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アップデート版ジャスミン
受動的だった初期のディズニープリンセスを考えると現代風にアップデートされた2019年『ジャスミン』は驚きの連続である。『私はココよ』と言わんばかりに王子が探してくれることをひたすら待っているだけの『シンデレラ』に対して2019年ジャスミンは国民を救うために『私が国王になる』と願っているのだから…もう次元が違い過ぎる。ジャファーによる支配から唯一声を挙げ立ち上がったのがジャスミンただ一人。彼女は『Speechless』という唄で私たちに心の声を訴えていた…
Speechless
1992年版『アラジン』にはなく今回のアラジンで新しく付け加えられた新曲『Speechless』。果たして…この歌は誰に向かって歌っているのか?あらためて考えて欲しい。女性を軽視している男性に向かって歌っているのか?それとも不平等な社会に向かって歌っているのか?私は…この歌は『女性自身』に向かって歌っているのだと感じてしました。いまや社会の風刺として男女平等になりつつある時代の中で男女平等を願っていないのは…実は女性自身ではないでしょうか。そう…一昔前のディズニープリンセスの時代は女性はただ待っていれば良かったのだが…しかし現代はそうはいかない。自分で能動的に動かなければ手に入らない物は手に入らないのだ。この歌はこんな時代になっても自ら動こうとしない、いつまで経っても白馬の王子様の迎えを待っている一部の女性に向けて歌われた唄…と思ってもう一度聞き直せば…また違った印象が残るのではないでしょうか…
『Speechless』という力強い歌こそがジャスミンというプリンセス像を象徴している。本当に素晴らしい曲でした。
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旅商人ジーニー
冒頭から素晴らしい伏線の張り方で見事と呼べる演出…何やら船旅をしている家族の父親(ウィル・スミス)が子供達に『そろそろあの話をしてやるか…』といった口調で物語が始まっていく…いかにも伝説的な話とか言い伝え的な感じと思わせておきながら実は自らが体験した冒険であった事は物語のラストで回収されることになります。
今風の言葉で表現すれば『エモい』になる本作のOPの演出。デッカイ船からのジーニーが乗る小っちゃい船…いかにも3歳くらい年が離れている姉と弟…そして世界を船で旅している家族…全ての事象が伏線だと知った時のヤラれた感…は逆に爽快となってくる。そしてOPで流れたジーニーが歌う『アラビアンナイト』は私たちをアグラバーの世界へ見事に誘ってくれました
冒頭からOPまでの流れが私は大好きである。『今日は疲れているから歌はなしだ!』と言って歌うジーニー(笑)サイコーかよ!
それぞれの自由への解放
アニメ版『アラジン』同様に2019年版『アラジン』でも1つのテーマが存在していました。それは『自由』であり…『解放』でもあります。アラジンは低い身分であるために生きていくだけで精一杯。やりたい事もできず身分という制度に囚われている身。ジャスミンは逆に王族として生まれた事で政略結婚の駒として使われようとしている。そしてジーニーはランプの呪いにより束縛されている身…それぞれが何かしらから束縛され自由を奪われている状態の中で解放へと向かう…それがアラジンのストーリーとなっている。
身分からの解放
アラジンは王女ジャスミンと一緒になるために自分の身分を偽り王子として振舞っている。しかし外見はジーニーの魔法で変えられても中身まで変わる事はできなかった。しかしその中身こそが大事であったことに気付かされる。ウソをウソで固めて更にウソを重ねていく…そんな人生を愛する人の前で尽き通せるのか…アラジンは身分という制度に囚われ自由を奪われていた。しかしジーニーの魔法とジャスミンへの愛で解放できるのであった。
体制からの解放
王族である事から自由を奪われ…王女である事から政略結婚の駒として扱われ…王子でない事から国王になれない…一見はなに不自由なく暮らせているように見えても実は色々なしがらみに縛られている王女。そんなジャスミンは自ら国王になる事で悪しき体制を変えようと必死に訴えている。
束縛からの解放
ジーニーの願いはランプの束縛から自由になる事。しかしご主人である者が願わなければ叶わないため何千年もの間ランプの呪いに縛られていた…そんなジーニーを解放するのがアラジン。『ジャムだって??自分で取ってきな!』まさかこんなセリフで涙腺が崩壊するとは…油断していた( ;∀;)
よくアニメ版との面白さの比較をする記事を見かけるのだが…比較する事に意味はあるのか?コレはコレで最高のカタルシスに陥っただけに比較する事は野暮なのでは?シンプルに楽しみましょうよ!
DANCE & MUSIC
A Whole New World
Prince Ali Scene
Friend Like Me
歌もダンスもサイコーでした。私は『Prince Ali Scene』を見た時にまさにディズニーランドでエレクトリカルパレードを生で観ているような感覚に陥りました。
総括
この鑑賞後レビュー記事でグダグダと自論を語ってしまったが…ディズニー映画は歌やダンスに酔いしれてプリンセスにウットリして…アラジンとジャスミンのラブストーリーにホッコリする…そんなシンプルな楽しみ方をするのが正解。私みたいにダラダラと自由への解放だとか…アップデート版とか語っているのはディズニー映画の間違った見方なのでしょう。ただもう一つ間違った見方をしてしまうのだが…本作で新キャラとして登場した侍女のダリア
彼女の存在が本作で非常に重要だった事は最後に語っておきたい。ジーニーと恋愛関係になり冒頭で後ろ姿しかみせていなかった女性はダリアだったという事がラストで回収される。オリジナル版にはないジーニーとダリアの恋物語といったサイドストーリーが良いアクセントになっていました。
アラジンとの絨毯デートの後のジャスミンとダリアの女子トーク。お互いに良き相手を見つけて『どうだった?』みたいな…こういったシーンを入れ込んでくると『あぁジャスミンは一人で戦っていたのではなかったのだなぁ』と侍女ダリアがいかに支えになっていたというのが理解できる。…と最後に記事をココまで書いて今更かい!となってしまうが本記事を書く際に本編を見返したのは全て字幕版で実は吹き替え版は未鑑賞(笑)これから録画していた金曜ロードショウ―で初吹き替え版を鑑賞したいと思います…ってことでオツカレっす!