『七人の侍』をモーっと楽しもう
おかえりなさいませ(*- -)ペコリ
『七人の侍』の
徹底解析 完全ネタバレとなっております
賞前のお客様はご遠慮下さいませ
本記事は 『七人の侍』 の感想レビューとなっておりネタバレが含まれております。
本編未鑑賞の方は予備知識編『100倍楽しもう』の記事をご確認の上で再度お越しください
目次
七人の侍
1954年:日本公開 監督:黒澤明 脚本;黒澤明、橋本忍、小国英雄 製作:本木壮二郎 出演:三船敏郎、志村喬、津島恵子 他 音楽:早作文雄 撮影:中井朝一 編集:岩下広一 製作会社:東宝 配給:東宝 受賞:ヴェネツィア国際映画祭、毎日映画コンクール ブルーリボン賞、日本映画技術賞(撮影・美術) ユッシ賞(黒澤明、志村喬)
1954年に公開された『七人の侍』は世界の名監督、俳優に多大な影響を与えてきた。1960年アメリカで製作された『荒野の七人』は東宝が権利を許諾したリメイク作品で全世界で大ヒットを収めている。1966年に続編の『続・荒野の七人』、1969年『新・荒野の七人 馬上の決闘』、1972年『新・荒野の七人 真昼の決闘』など続編が製作。2016年には『荒野の七人』のリメイク版『マグニフィセント・セブン』が公開されている
リメイク版のリメイクという黒澤明が生きていたらどのように思うのだろうか…良くも悪くも影響力の大きさとしか言いようがない。『七人の侍』以降 7人が集まって何かをする…という設定が多く見られ映画だけではなくアニメ、ゲームにまで影響は広まっている。1980年アメリカで公開された『宇宙の七人』は舞台を宇宙に置き換えてのリメイク作品。舞台となる惑星アキ―ルは黒澤明からとられている。
日本でも1992年にウッチャンナンチャン主演のコメディ映画『七人のおたく』が公開。ウッチャンナンチャンに江口洋介、武田真治、山口智子という超豪華メンバーだった事もあり友人に映画館での鑑賞を誘われたのだが丁寧にお断りをした記憶だけは今でもハッキリと覚えている(笑)
2004年『七人の侍』50周年記念 全26話のアニメ版としてリメイクされたのが『SAMURAI 7』機械文明と農耕文明が入り混じった世界が舞台。機械の野武士が村を襲いコメを略奪しようとする…村人は撃退しようと侍を雇う事を計画…という同じ展開。基本アニメは観ないので存在自体知らなかったのだが…どうやらU-NEXTで見れるみたいです。
『七人の侍』は2020年にPlayStation4で発売された『Ghost of Tsushima』にも大きな影響を与えている。物語の着想は『七人の侍をはじめ多くの時代劇からオマージュされている』と開発者は語っている。主要人物の『志村』というキャラは…黒澤映画には欠かせない『志村喬』から取られているのは言うまでもありません。
あるゆる分野のリメイク作品やオマージュ作品を紹介してきたがコレらは ほんの一部でしかありません。影響は設定やタイトルだけではなく黒澤の撮影技法にまで及んでいます。敵役を斬りつけた時にスローモーションで倒れる…といったシーンは『七人の侍』で初めて使われた演出方法でした…
子供を人質に立て籠っていた盗人を島田勘兵衛が斬りつけたシーンでその手法は初めて使われました。現在はよく見る演出なのだが『コレを考えたのが黒澤明なんだ!』って思うとトリハダが立ってしまいます…ってこの盗人役って初代水戸黄門の東野英治郎やないかーい!…といったようにココでは『七人の侍』を既に鑑賞しているという前提で記事を作成しております。ネタバレ注意となっておりますのでご了承ください
ブレイク前の仲代達也が通行人役で出演。ただ歩いているだけなのに黒澤に何度もダメ出しを喰らっていたらしい…後に黒澤映画には欠かせない存在となるのだが黒澤は全く憶えていないそうだ…
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人間ドラマ
なぜ『七人の侍』は評価が高いのか?どこがスゴイのか?当時の7倍の製作費を超える金額を費やしたからか…1年間をかけて製作されたからか…3時間27分という長編映画だからか…『七人の侍』はそういった外側の部分だけでは全てを語る事は決してできない作品。物語の骨格ともなる構成や各キャラクターの人間設定がしっかりと脚本に描かれている…つまり派手な活劇映画だけではなく感情移入ができる魅力あるキャラが描かれている事こそが本作が世界中で高い評価を得ている理由なのである。
ただし人間ドラマが描かれているのは主人公サイドの侍と百姓の利吉のみ。敵側である野武士の描写は一切 触れない事で野武士の底知れない不気味さを更に演出させている。この手法は後にスピルバーグが『激突』や『ジョーズ』などで使用している。
『七人の侍』では主人公の菊千代、リーダーの島田勘兵衛、若武者の岡本勝四郎と百姓の利吉の4人だけに焦点を合わせた事で それぞれのキャラにより深く感情移入が出来るようになっている。描く人物と描かない人物…このメリハリこそが黒澤明だけが持つ感覚で才能と呼べるものなのかもしれません。
菊千代
勘兵衛に『お前…百姓の出だな…』と指摘された様に菊千代は侍ではない。時は戦国時代の末期で身分制度が固まっていない時代…豊臣秀吉がそうであったように百姓でも手柄次第では上を目指せる時代でもあった。菊千代も侍以上に目をギラつかせ宿場町を歩き回っていたのは自分が侍になるためのキッカケを探していたのでしょう
菊千代に勝四郎そして勘兵衛が出会う…何気ない場面だが、このシーンでは各々の人間ドラマが深く描かれている。本物の侍である勘兵衛に礼儀も知らない無法者の菊千代が近づいて来る。お供をしたいのだがプライドが邪魔をして口に出さずに睨みつけているだけ…そうすると育ちも家柄も良さそうな侍の出である勝四郎が弟子になりたいと懇願する。本物の侍と修行中の若侍と無法者のニセ侍。3人が対照的な存在であるため語らずとも各々の過去がイメージできるような創りとなっている。
『百姓ってのはな けちんぼで ずるくて 泣き虫で 意地悪で 間抜けで 人殺しだあ』
菊千代は幼い頃に野武士の襲撃で郷を亡くし孤独に生きてきた百姓であった。だから百姓の気持ちが他の侍以上に理解が出来ていました。幼子を抱きかかえ『これは俺だ!』と叫ぶシーンで…私は『菊千代は俺だ!』と思わず菊千代と自分を重ね合わせてしまった。見栄を張り意地を張り偽りの自分を作り社会に適合しようとするが…それは自分であって自分ではない。そんな不器用な生き方しかできない自分がどうしても菊千代と重なってしまう。だからこの映画は何度みても面白い・・・菊千代に感情移入ができるのだから…
島田勘兵衛
本作で島田勘兵衛の過去はあまり語られる事はない。『多くの戦を闘ってきたが…ほとんどが負け戦だった』『七郎次は古女房でな』この二つのセリフだけだが…セリフ以上に勘兵衛の言動が多くを物語っていました。決して慌てる事無く冷静沈着に物事を進め、的確な判断で人を動かす。その言葉には説得力があり、人を惹きつける魅力も兼ね備えている。菊千代を自分に重ね合わせ感情移入できるのなら勘兵衛は理想としている自分の姿ではないだろうか…
岡本勝四郎
菊千代と対照的な位置にいるのが岡本勝四郎。言葉使い、身なりから良い家柄の末っ子あたりがイメージできる。理想と現実を知らない好青年で物語の終盤までは童貞ボーイ。本作ではラブロマンス担当で村娘の志乃と恋仲になり大人の階段を上るが最後は身分の差から志乃に無視をされ落ち込んでしまう…といった甘い青春時代を思いださせてくれる。まだ子供なのに無理に大人になろうと背伸びをしていた頃の自分と重なってしまう。
そして勝四郎は今後の映画、アニメ、漫画、GAMEと幅広いジャンルで使われるボーイッシュな女の子の胸を触り『え??おまえ女かよ?』というワザとらしくも羨ましくもある初代『素敵な勘違い』という大役を務めている。このシーンの歴史はココから生れた…といっても過言ではない。
利吉
かなり痛い所を突くが…『七人の侍』は菊千代を自分と重ね合わせているようにみせているが…実は百姓こそが貴方たちの姿なのだよ…と黒澤は言いたかったのではないか。野武士の襲撃により村の米を全て奪われそうになるが利吉は自分の妻を差し出す事で生きていくため最低限の食料だけは残してもらっていました。再び野武士の襲撃計画を耳にすると侍を雇い襲撃に備える準備をしています。しかし…
『百姓はすぐに何もねぇって言うが…板をひっぺ返せば…出てくる 出てくる 米、塩、豆、酒…山に行けば隠し田、戦があれば落ち武者狩り…何だって持ってんだ…』と菊千代が言った様に出てくる出てくる米に酒に槍に鎧が…もう一度言います。痛い所を突くが私たちは菊千代ではなく百姓なのかもしれません。菊千代は自分の運命を変えようと少なくとも行動を取っています。しかし百姓は自ら戦うのではなく侍を雇う事で野武士と闘おうとしていました。しかもたくさんの食料を隠し持って…実は『七人の侍』は菊千代に感情移入が出来るよう作られた作品なのだが…自分に重なっていくのは百姓であった…という二層構造になっている。
百姓でも…せめて利吉ならいいが、志乃の父親の万造は嫌だよなぁ…あいつ卑怯やったもん
黒澤スタイル
『モノを創る奴が完璧主義でなくて…どうするんだ。』
映画製作に対し一切の妥協をしない監督だった事は有名な話で…『七人の侍』では空に流れている雲がイメージと違うという理由で1週間ほど撮影が止まったほど。更に『天国と地獄』では撮影に移り込むという理由で木造2階建ての2階部分を解体している。黒澤は常に完璧を目指し、努力を惜しまない姿勢はモノ創りをしている奴なら当然である…と語っていた。
私が初めて黒澤作品に触れたのが当時BSで放送されていた『椿三十郎』。あまりの衝撃に黒澤作品にハマってしまい、その日のうちにレンタルビデオ屋に行き一番有名であった『七人の侍』を借りようとしたのだが…『うっ…3時間27分もある…』正直に言うと躊躇してしまいました。しかし時間も忘れて一気見してしまった事は今でも覚えています。ストーリーが秀逸だったという点はもちろんだが黒澤が収める画は人を惹きつけてしまう何かがある。私はそれが『自然』『ムーブメント』『一と全』という撮影技法にあると考えている。それこそが黒澤スタイルであり『世界のクロサワ』と呼ばれる由縁なのでしょう。
自然
『七人の侍』が公開された時に世界の名だたる映画関係者が声を挙げて驚いたのがラストの雨の中での決闘シーンであった。当時ハリウッドの西部劇ではラストの決闘は決まって砂塵が吹く中での『晴れ』が定番であった。だからこそ黒澤は『西部劇は常に晴れている…だから雨にしようと思った』と語っている。雨の重さや迫力を更に増加させるために水の中に墨汁を混ぜて撮影に挑んでいる。黒澤は常に重要なシーンでは雨、風、雷、炎などの自然を背景に撮影している。
その背景として使われる自然は人間の感情を表しているという効果がある。怒り狂う炎や哀しみの雨や孤独に降る雪…といったように如何に私たちに登場人物の感情をセリフ以外で感じ取ってもらうか…だからこそ黒澤が撮る画は美しくて飽きがこないのである。
ムーブメント
ムーブメント=『カメラの動き』という意味だが…いきなり冒頭で圧巻の『動き』を見せてくれました。百姓が街に降りてきて侍を探すシーンなのだが…焦点を合わせている人物は殆ど動かさずに行き交う町民を歩かせる事で慌ただしい街の雰囲気を演出している。ストーリー的には流してしまいそうな部分ではあるがハッキリ言って撮影技法がエグすぎた…ココで私は心が掴まれてしまった。この様に黒澤はカットするのではなくカメラに動きを入れる事で(業界用語でPANと言う)ピントを合わせるという難しさは出てくるが躍動感溢れる画が撮れる手法をよくやっていました。
本作の中では説明したいカメラの『ムーブメント』はたくさんあるのだが挙げ出すとキリがないので印象に残った雨の決闘シーンなのだが野武士が襲い掛かり菊千代たちが後方に下がる動き(⇦)からの勘兵衛が弓を構える静(・)からの弓を射う(⇨)この一連の流れるカメラワーク。当時のカメラの性能を考えればエグすぎる画で撮らせた黒澤もスゴいが撮ったカメラマンもスゴすぎる。
『一』と『全』
黒澤がよく用いる撮影技法で同じ動きをしている大勢の中に違う動きをしている個を入れることで個の存在を際立たせるといった演出方法がある。勘兵衛が盗人を成敗したシーンで遠くで息を飲み静かに見ている大勢の町民の前で菊千代一人だけが倒れた盗人の近くで はしゃいでいる。菊千代が自分を侍にしてくれる人物を見つけた!と喜んで動き回っているシーンだが…後ろでジッと固まっている町民がいるからこそ菊千代の動きが印象深くなっている。
皆が田植えをしている中で志乃だけが後ろを振り向き申し訳なさそうにコッチを向いている。恋仲となった勝四郎とは身分が違う叶わぬ恋だったゴメンなさい…という表情を見せた後に皆と同じように田植えする事で百姓の娘に戻っていくというシーン。やはりココでも『全』の中に『一』を入れる事で志乃という人物を印象深くしている。
お分かり頂けただろうか…『自然』『ムーブメント』『一と全』この3つだけが黒澤作品の全てではないが黒澤明の凄さを語る時にこの3つは絶対に伝えたい要素『。そして『七人の侍』の中でこの3つが全て含まれているシーンがコチラ
やはり日本映画の原点であり頂点でもある作品。できるならコレを超えてくる日本映画を観たいものだが…
今度もまた負け戦
ラストで『勝ったのは百姓たちだ…私たちではない』と語る勘兵衛。自ら生み出す事はなく他人のモノを奪おうとして滅ぼされた野武士は完全なる敗北者。百姓に雇われた侍は自分たちが経験として得てきた知恵や技を駆使して村を防衛するも7人中4人が命を失ってしまう。この戦では武勲もなく報酬も得られない…ただ百姓に使われただけの存在であった。百姓は弱いフリをしているが結果として七人の侍を利用して田畑や食料を守っている。そして日常に戻っている…勝者は歴然である。これは公開当時が戦後まもない復興の時期であった事が大きいのかもしれない。風の様に転々と流れていく侍ではなく、しっかりと大地に根を張り生きて行く百姓こそが勝者となる…というメッセージだと捉えている
実は黒澤自身はあのセリフに対して意味は持たせていない…と後に語っている。私みたいなただの映画好きが勝手に意味を付け加えようとしていただけ…というオチ。いんです…それで!
総括
『人を守ってこそ、自分も守れる。
己の事ばかり考える奴は、
己をも滅ぼす奴だ!』
何度も書いてしまうが公開されたのは1954年で戦後9年という復興の時代。生きて行くだけで精一杯で他人の事など考えている余裕がない時代の中で『自分の事だけを考えるな!』というセリフは当時の人たちはどう響いたのだろうか…この気持ちは今の私たちがどれだけ考えても辿り着くことはできない。その時その苦しみを味わってきた人にしか…そんな時代の中でこの言葉を投げかけてくる黒澤のセンスの凄さには本当に驚かされてしまう。ここまで世界中から評価の高い作品なのだが唯一ケチをつけられたのが…とにかく聞き取りづらいのである。あまりの聞き取りづらさに当時はセリフ集が爆売れしたとの事らしい。リアリティを出す為の演出だったらしいが…海外の人たちは字幕があったから問題なかったみたいだけど…日本の映画なのに日本人だけが聞き取れなかった(笑)…という所でオツカレっす!