『シンデレラ』をモーっと楽しもう
おかえりなさいませ(*- -)ペコリ
『シンデレラ』の
徹底解析 完全ネタバレとなっております
賞前のお客様はご遠慮下さいませ
本記事は 『シンデレラ』感想レビューとなっておりネタバレが含まれております。
本編未鑑賞の方は予備知識編『100倍楽しもう』の記事をご確認の上で再度お越しください
目次
シンデレラ
2021年:アマゾン・プライム・ビデオ独占配信 監督:ケイ・キャノン 脚本:ケイ・キャノン 原作:シャルル・ベロー『シンデレラ』 製作:ジェームス・コーデン、レオ・パールマン ジョナサン・カディン、シャノン・マッキントッシュ 出演:カミラ・カペロ、イディナ・メンゼル、ニコラス・ガリツィン ミニー・ドライバー、ピアーズ・ブロスナン 他 撮影:アンドリュー・ダン 編集:ステイシー・シュレイダー 製作会社:コロンビア・ピクチャーズ フルウェル73 配給:アマゾン・スタジオ
2021年にケイ・キャノンが手掛けたディズニー映画ではなくソニー・ピクチャーズ製作のミュージカル・コメディ映画『シンデレラ』
世界中で愛されてきたプリンセスでもあり誰もが知っているはずだと思い込んでいたので物語の概要は割愛させてもらいます…などと偉そうに予備知識編で書いてしまったが私が知っているラストは途中であり、まだ先に少しだけ展開があったことにビックリしました。
ちなみに私が知っているラストは…ガラスの靴の持ち主を探すために王子は街中を探し回るが中々シンデレラは見つからなかった。しかし街外れに住む少女エラがシンデレラである事が分かり…王子とエラは結婚をして幸せに暮らしたとさ…めでたし めでたし
私と同様に『えっ!コレで終わりじゃないの?』と思っている方が多いのではないでしょうか…実は原作者であるシャルル・ペローは童話『シンデレラ』に仏教用語で言うところの『因果応報』という意味を込めていたのではないか…と言われているのです。
因果応報とは…
因果応報とは – コトバンク
仏教で前世やその人の過去の行いが原因で、様々の結果を報いとして受ける事。「いい原因にはいい結果が、悪い原因には悪い結果が、報いとして現れる」ということです。
シンデレラは貧しくても心優しい少女であり正直に生きていたからこそ王子様と幸せなラストを迎えることができた…という事である。ではシンデレラに意地悪をしていた継母と2人の義姉はどうなったのか…
継母はシンデレラ探しをしていた王子の邪魔をしていた事がバレてしまい国外追放となってしまいます。意地悪な二人の姉はシンデレラの結婚式の日に鳥のクチバシに目を突かれ二人ともに失明してしまうのである。さすがに子供が見るアニメで この展開はトラウマとなってしまいますよね(笑)
でも原作者のシャルル・ペローは悪いことをした報いとして3人に罰を与えていたのである。そして長い年月を経て私たちが知っているディズニー映画の『シンデレラ』では3人の罰がカットされてしまったのである。これでは因果応報という教訓が伝わりにくくなってしまいましたよね。
でもこの教訓が薄れてしまったことがシンデレラの美しい心と美貌だけがよりクローズアップされたので女の子の憧れの存在になったのではないかと…私は勝手ながら考察してしまいました。
昔はそれで良かったのかもしれません。美しい心と美貌があれば、いつか白馬の王子様が迎えに来てくれるのでは…とい楽観的な考えになっていたのは女性という立場がそうさせたのかもしれません。
しかし昭和が終え平成が過ぎ去り…そして令和となった今の時代では女性とはいえ白馬の王子様を待っていようものなら、浦島太郎ではないがいつのまにかお婆さんになってしまう時代なのである。
言い方は悪いが昔の女性は男に従順である代わりに養ってもらっているという立場でありました。しかし今は男に従順である必要はないし…ある意味女性の方が逞しく生きているような気がしています。
時代の流れと共に女性の立場が変化してきた中で誰もが知っている『白馬の王子様を待つシンデレラ』から現代風へとアップデートされたのは必然の流れだったのかもしれません。
見てください上の画像のシンデレラを…こんなドヤ顔のシンデレラは見たことがありませんよね。しかしコレが現代風にアップデートされたシンデレラなのです。幸せは白馬に乗った王子様が持ってくるのではなく自らの手で掴み取る…何なら私の力で王子様を幸せにしてあげるわ的な強いシンデレラこそ現代の女性の憧れの存在なのでしょう…といったようにココでは『シンデレラ』を既に鑑賞しているという前提で記事を作成しております。ネタバレ注意となっておりますのでご了承ください。
ちなみにグリム童話の『シンデレラ』はもっとグロテスクなラストとなっていました(◎_◎;)
Million To One
本編の中で3度ほど流れていた”Million To One”主演を務めたカミラ・カペロが今回の映画のために書き下ろしたオリジナル楽曲となっている。
”Million To One”は日本語で『100万人に1人』という意味で劇中でシンデレラは『私がその1人になってみせる』と力強く歌い上げていました。
シンデレラが住む王国では女性の立場は弱く男に養ってもらうという考えが一般的な常識だったのです。
もちろん商売なんて認められるものではなく女性の幸せは裕福な男性からアプローチされるかが重要になっているという世界なのだ。つまり旧来の『シンデレラ』と同じ価値観ということになります。
そのような世界の中で『私がその1人になってみせる』と叫んでいる シンデレラは何の一人になりたいのか…鑑賞済という事で皆さんはお分かりでしょうが王子様の妃になることを夢見ていたのではなくシンデレラは男性と同等の立場で社会に進出した最初の女性になってみせる…という事に挑戦していたのである。
Ⅰ‘m gonna be the sun
”Ⅰ‘m gonna be the sun”『私が太陽になって照らしてあげる』先ほどの歌詞の続きとなってくるのだが…『例え女性が社会に進出してきた事を世間が拒もうとも、周りが失笑しようとも私が先頭に立って皆を導いてあげる』というように私は解釈してしまいました。
シンデレラは服飾デザイナーになる夢を持っていました。しかしシンデレラの世界では女性が商売をする事は非常識であるというのが当然の認識なのである。例え趣味の分野であっても優先すべきことは男性に従順であることなのである。
例え王室であろうと妃には発言権がなく…例え優秀であっても王女には王位継承権は認められない。本作では過度に女性の立場の弱さが演出されていたのが気になる所ではあるが…主題歌となっている”Million To One”の歌詞からも見て取れるように『シンデレラ』はマイノリティ(少数派)に対しての訴えがテーマとなっている。分かりやすく言うと『ポリ・コレ映画』なのである。
ポリ・コレ
ポリ・コレとは…
ポリティカル・コレクトネス – Wikipedia
ポリティカル・コレクトネスの略。社会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を与えないように意図された政策または対策などを表す言葉の総称
鑑賞前の予備知識編でも語っているので詳しい説明は省きますが簡単に言うと差別や偏見に対し誤解が生まれないように中立的な対策をとることをポリ・コレと呼んでいます。
映画の世界でいうポリ・コレは配役に色々な人種を起用することで誤解が生まれないようにしたり、差別的な表現を控えたりすることである。ちなみに近年はポリ・コレを意識した作品が賞レースで良い結果を残しているため製作側が過剰に意識することで作品の質の低下に繋がっているケースがある事は否めません。
ポリ・コレ映画として低評価を受けた代表的な作品が『STAR WARS』のエピソード8&9
もともと人間以外の色々な種族が登場する作品ではあるが原作には登場しない黒人男性やアジア系の女性を映画で登場させたことで原作ファンを中心にネットで大炎上したのである。
ただ誤解して欲しくないのは2人の起用が炎上の理由ではなく…本来描くべき部分をカットしてまでもポリ・コレを意識したエピソードを加えたことで作品自体のテンポが悪くなった事が炎上の理由なのである。
あくまでも私個人の意見になるが…例え原作にないキャラであったとしても加えることで作品のブラッシュアップに繋がるのなら何も問題ないと思っているタイプの人間である。
シンデレラが純潔の白人女性ではなくキューバ出身の活発な女性であっても…ゴットマザーが太った女性ではなくLGBTQの黒人男性であったとしても…作品が面白ければ何も問題はない…おそらく多くの方が同じ意見であると私は思っています。
ただポリ・コレを意識するあまり作品自体の設定を壊すような作品が目立っているため、どこかで意見を書きたいと思っていました。基本私のブログは作品の面白さを伝えるブログでありたいと心がけているので私が面白くないと思った作品は記事として取り上げていないのである。
つまり今回ご紹介している『シンデレラ』はポリ・コレをかなり意識している作品ではあるが現代風にアップデートされブラッシュアップされた最高に楽しめる『シンデレラ』だったのです。
ポリ・コレ『シンデレラ』
原作『シンデレラ』は『因果応報』という教訓が込められていました。しかし2021年版『シンデレラ』は『自由意志の尊重』という意味が込められていたと私は感じています。
何者であったとしても本人の意思は自由であり最も尊重されるべきである…という考え方で女性だから商売ができないという事はなく、デザイナーであろうとピアニストであろうと国を統治する国王でさえも自由になることができる。つまり2021年版『シンデレラ』は作品自体のテーマが『ポリ・コレ』なのである。
自由意志
2021年『シンデレラ』の登場人物は各々が夢や希望を抱えながらも古き国の掟に縛られ自由を奪われていました。
シンデレラはデザイナーを目指すも女性の商売が認められていない王国だったため周囲から嘲笑される日々を送っていました。しかし彼女は夢を諦めずに次々とチャレンジしていく強いメンタルを持っていて最後は王子の力でも魔法の力でもなく自分の力で夢を叶えてしまうという…まさしく自身で夢を掴み取ったのです
ロバート王子は第一王位継承権を持った次期国王候補となるが彼は『仕事』よりも『愛』を選んだのである。国を治めるべき人物が『愛』を選んだ事が本作のテーマ性が強くn表現されていました。
何も国を治めるべきリーダーは男である必要はないのです。今では妻が外で働いて旦那が家で主夫をしている家庭もあると聞きます。ロバートは妹に王位を継がせシンデレラと共に世界を見て回る旅に出るというラストは男性サイドから見ても男女平等であると思われる演出でした。
ロバートの妹グウェン王女は次期国王を望んでいたが女性という立場から王位継承権は持っていませんでした。しかし彼女はシンデレラ同様に夢を諦めず帝王学を学んでいたのである。しかも現国王にアピールをしまくっていて最後はロバートが権利を放棄したことで自ら夢を勝ち取ったシンデレラと同じ強いメンタルを持った女性だったのです。
シンデレラの継母であるヴィヴィアンはピアニストになる夢を持っていたが国の古い風習で夢を諦めているという過去がありました。ヴィヴィアンは自分の過去と似ているシンデレラに同じ辛い想いはさせまいと夢を諦めるように仕向けていた…という今までのシンデレラの継母とは違う新事実が語られてビックリ!
そして国の古い伝統としきたりを守ってきた国王ローワン。国王こそが大きな壁となって各々が抱いていた自由意志の弊害となっていたのである。国王が古い伝統を打ち破ってくれたことでシンデレラもロバート王子もグウェン王女も夢を叶えることができたのです。
簡単ではあるが物語の内容を考察させてもらったのだが…内容自体がポリ・コレがテーマになっていることがお分かり頂けたかと思われます。だからシンデレラがキューバ出身のカミラ・カペロだったとしてもゴットマザーが黒人男性のビリー・ポーターだったとしても違和感が生まれなかったのです。
もしこのキャスティングで普通に『シンデレラ』をやっていたら違和感だらけだったでしょう。ただココまで色々と語ってきましたが…正直に申しますと物語の内容の良し悪しはハッキリ言って関係ないのです。なぜなら本作はミュージカル映画なのだから…
ミュージカル『シンデレラ』
結局は歌と踊りが最高だったらミュージカル映画は最高の評価となるのである。ポリ・コレ映画だろうとストーリーが好きだの嫌いだの…一切関係はありません。私の感想は歌も最高に良かったしダンスも最高にカッコ良かった…そしてカミラ・カペロが最高に可愛かった時点で2021『シンデレラ』は最高の評価なのである。
音楽に関しては疎いんで好きか…嫌いか…しか分かりません(笑)ラストで歌っていた『さぁ一緒に騒ごう』は最高に良かったですぅ
総括
Amazonプライム・ビデオで独占配信が決まった2021年9月前後でやたらと宣伝してくる『シンデレラ』当時はU-NEXTしか加入しておらずアマプラの加入も考えたのだが先送りになってしまいました。1年が経ち有料ではあるがU-NEXTでも配信されるようになり鑑賞しようと思ったのだが…
なんとアマプラでまたも独占配信ロード・オブ・ザ・リングの前日譚『力の指輪』の放送が決定したことで1年越しにアマプラに加入することになったのです。
そしてアマプラで真っ先に鑑賞したのが2021年版『シンデレラ』だったのです。鑑賞したのはいいが…手を出したら絶対にハマってしまって徹夜をしてしまいそうなので避けていた『ゲーム・オブ・スローンズ』が私の前を横切ってきたのです。
ヤバい…『シンデレラ』の〆の部分で他の海外ドラマの話をしている( ゚∀ ゚)ハッ!しばらく眠れない日々が続きそうです…って所でオツカレっす!