『レヴェナント 蘇えりし者』をモーっと楽しもう

軍師かんべえ

おかえりなさいませ(*- -)ペコリ
『レヴェナント 蘇えりし者』
徹底解析 完全ネタバレとなっております
賞前のお客様はご遠慮下さいませ

本記事は 『レヴェナント 蘇えりし者』感想レビューとなっておりネタバレが含まれております。
本編未鑑賞の方は予備知識編『100倍楽しもう』の記事をご確認の上で再度お越しください

『レヴェナント 蘇えりし者』

引用元:レヴェナント:蘇えりし者 – 20世紀スタジオ
2016年:アメリカ、日本公開
監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
脚本:マーク・L・スミス
   アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
原作:マイケル・バンク『蘇った亡霊:ある復讐の物語』
製作:アーノン・ミルチャン 他
製作総指揮:ブレット・ラトナー 他
出演者:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディー 他
音楽:坂本龍一、アルヴァ・ノト
撮影:エマニュエル・ルベツキ
編集:スティーヴン・ミリオン
製作会社:リージェンシー・エンタープライズ
     ラットパック=デューン・エンターテイメント
配給:20世紀フォックス

アメリカの西部開拓時代に実在した罠猟師ヒュー・グラスの半生と彼が体験した過酷なサバイバルの旅を描いた小説 マイケル・バンク著 『蘇った亡霊:ある復讐の物語』をイニャリトゥ監督が2016年に映画化。

同年のアカデミー賞では監督賞、主演男優賞、撮影賞の3部門を受賞。なかでも主演を務めたレオナルド・ディカプリオは5度目のノミネートで念願の初受賞となりオスカー俳優の仲間入りを果たしました…といったようにココではレヴェナント 蘇えりし者既に鑑賞しているという前提で記事を作成しております。ネタバレ注意となっておりますのでご了承ください。

自然=神

私が本作を観て圧倒されたのが時には癒され、時には厳しくもある自然の映像美である。本作のこだわりは言うまでもなく『自然光での撮影』そこまでして映し出したかった『自然美』こそが本作の最大のメタファーと言ってよいでしょう

壮大な自然の前にすれば人間がいかに無力な存在なのかを感じてしまいます。神々しい大自然の中に醜い人間がもがいている…と感じてしまったのは僕だけでしょうか

時には凍てつくほどの極寒に襲われたり、激流の川に流されたり…と厳しくもある自然だが時には大地や水の恵みに空腹を満たす事もありました。まさに神そのものでした。

ラストでグラスはフィッツジェラルドに『復讐は神の手に委ねる…』と彼を川に流します。そして彼は神の手(川の流れ)によりアリカラ族の手に渡り裁きを受ける事になりました

復讐は神の手に委ねる

『復讐は神の手に委ねる』
この言葉をグラスが言った時に疑問を感じてしまったのが正直な感想である。結局は川下にいたアリカラ族に裁かれるのですが…あんな過酷なサバイバルを耐えてこれたのはフィッツジェラルドへの復讐心が原動力となったでは…と疑問に思ったのでググってみて納得しました。

『復讐するは、我にあり』

https://filmaga.filmarks.com/articles/734/

旧約聖書に出てくる、この一文を簡単に説明すると『復讐するは、我にあり』は神様が言っているそうです。『復讐は神がする仕事ですよ』という意味である。

この言葉の意味は理解できましたが…なぜ?自らの手で復讐を果たさなかったのか

神の手に委ねた理由

『息をしろ。息をし続けろ。』
冒頭にグラスの妻が彼に語りかける言葉で『生きろ!生き続けろ!』とグラスに語りかけているようでした

復讐を果たした先に何が待っているのか?息子は帰ってこない…生き返らない…その先には孤独と虚無感しか残らない。裁きは神に委ねるのだ…そして生きよ

冒頭だけではなく作中の至る所でこの言葉はグラスに語りかけていたのですが復讐を果たす寸前でグラスはこの言葉の本当の意味を理解できたのだと思います

もし自らの手で復讐を果たしたのなら、その後には孤独や虚無感に襲われてしまいグラスは自らの手で命を絶つことをを選んていたのかもしれませんね

因果応報とはよく言ったものでフランス人から救いだした先住民の女性がアリカラ族が探していたポワカだったのです。ただ…『次に会った時は殺すからな』と目で訴えていました…((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

ラストのグラスのカメラ目線

ラストシーンでは妻の幻影を見た後にグラスは表情が穏やかになり…何かを訴えるかのようにカメラ目線となりエンドロールが流れだすのです。

もうビックリ…最後にもブッ込んできやがった。カメラ目線になったという事は我らに何かのメッセージを送ったと想像できます。こればっかりは…各々が感じた事が正解で答えはないのかもしれません。

私個人的な見解は、ここで『レヴェナント』の最大のメタファーである『自然=神』に繋がっているのではないでしょうか…

人間は科学の進歩により様々な物を作り出してきました。いわば神的な存在とも言えます。作中で映し出された自然(神)は時には『脅威』となって襲い掛かり、時には『恵み』となって救いとなっていました

グラスは最後に罪人であるフィッツジェラルドを神の手に委ねましたよね。これは現在の私たちに、この世界を委ねたと考えれば

『脅威』となりますか?『恵み』となりますか?

…と問いかけていたのではないでしょうか

総括

引用元:レヴェナント:蘇えりし者 – 20世紀スタジオ

今まさに自然の脅威が私たちの世界を襲っています。特に近年は水害が多く水没した地域もありました。更にコロナの脅威も重なり、まさに『神』の逆鱗に触れたかのような現象が次々と襲い掛かっています

私たちは試されているのでしょうか…最後にグラスが問いかけたように人間は『脅威の道を行くのか…』『恵の道を行くのか…』を問いかけられているのかもしれません。あなたは…どっちにすすみたいでしょうか…何もしないは『脅威』の方ですよ…っといった所でオツカレっす!

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